70.サメきたらしいよ



「いたいいたいいたいっ!? ひょっとこさん肩が外れそうなんですけど!?」

「気にすんな、お前らみたいな変人には多いぞ。 『きのせい』という病気は」

「いや明らかにあなたが私の肩を外そうとしてるからじゃないですか!? ちょっ、なんでそんな力が強いんですか!? ひょっとこさん一市民ですよね!?」

「あれ、スバルは知らないんだっけ? 俊くんは小さいときからわたしのお父さんやお兄ちゃんと一緒に修行してたから強いよ。 そこらの一般人より遥かに」

「それに加えて俺の父さんは、バカみたいな常識外れのスペックの持ち主だったからな。 俺もそのスペックを受け継いでいるというわけだ。 まぁ……俺は平和主義な上に痛いの嫌いだし、後ろで指示を出すほうが好きなんだけどな」

「私の肩外そうとしている男の人が平和主義なわけないですよね!? メシメシいってます、肩が悲鳴を上げちゃってますよ!?」

「あれだ、人間の体なんて遅かれ早かれ壊れるわけだしお前も管理局員ならそれを覚悟してだな──」

「嫌ですよ!? 助けてくださいなのはさん! 可愛い部下が襲われてますよ!」

「……可愛い……部下?」

「なんでそこで可愛らしく小首を傾げるんですか!? ほら、目の前にいます!」

「スバルはべつに可愛くないよ」

「最低だこの上司!?」

 なのはさん容赦ねぇ……。 冗談だとわかってるけど、あんな極上の笑みで言われるとかえって辛いな。

 現在、俺となのははスバルに尋問の最中である。 決して拷問とかじゃないところが、俺たちの大人としての配慮だよな。

 俺の状態はというと、触った感じ肋骨が折れてる。 まぁ……あの状態のなのはから肋骨だけで済んだのは御の字だ。 不幸中の幸いである。 そしてあの場を盛大に掻きまわしたヴィヴィオはというとガーくんとエリオとキャロと一緒に砂遊びをしていた。

「あのなぁスバル。 俺もなのはもフェイトも、ヴィヴィオには真っ当な人間になってほしいわけよ。 俺のような社会からのはみ出し者じゃなくて、なのはのようなポンコツじゃなくて、フェイトのような真っ当な人間になってほしいんだよ」

「あれ? 俊くんいまわたしのことポンコツっていったよね? 平気な顔してポンコツっていったよね? わたし達の絆は?」

「確かに、俺やなのはやフェイトのアニメ・ゲーム・マンガ好きをヴィヴィオが影響受けてるのは確かだよ。 けど、それくらい趣味の範囲だから。 それなのにさ、スバルが結婚だのなんだの教えるから、ヴィヴィオが小悪魔化したらどうすんだよ? 俺はヴィヴィオの隣にいる男性を何人殺さなければいけないんだ」

「いや、ひょっとこさんの中では殺すこと前提なんですか?」

「当たり前だろ」

「おいちょっと話聞けよ。 わたしのどこがポンコツなのかハッキリしよう。 これはわたしのプライドが許さないよ」

「けどですね。 ヴィヴィオちゃんがひょっとこさんとなのはさんが二人並んだ座ってる所を見て言ったんですよ。 『パパとなのはママがかまってくれない』って。 だから結婚をネタにしたらヴィヴィオちゃんが喰いつくかと思って」

「……あー、ごめん。 悪かった」

「いえ、分かっていただけたのなら結構です。 私もあそこまで食いつくとは予想外でしたし。 安易に結婚をネタにしたこちらも悪いですし」

「あの……そろそろわたしの話を……」

「しかしまぁ……べつにヴィヴィオを蔑ろにしてたわけじゃないんだけどなー。 やっぱりヴィヴィオ的には構ってくれないと思ったのか」

「そりゃ、ヴィヴィオちゃんはひょっとこさんやなのはさん、フェイトさんのこと大好きですからね」

「まいったね、娘を楽しませることができないなんて、ピエロ以前に父親として失格だよ」

 頭を掻きながら自分の失態に舌打ちする。 そりゃそうだよな……、ヴィヴィオの年齢だとまだまだ親と遊びたい頃だよな。 俺も父さんと遊びたい盛りだったし。 ……まぁ、いまも遊びたいのだが。

 砂遊びしてるヴィヴィオに近づく。

 ヴィヴィオは俺に気付いたのか、顔を上げると笑顔で自分の隣を叩きだした。 どうやら此処に座れという意味らしい。

 ヴィヴィオの言いつけどおりに座った俺に待っていたのは、ヴィヴィオの尻である。 もう少し詳しく言うのであれば、胡坐をかいた俺の膝の上にヴィヴィオが乗った状態である。 ついでにガーくんも俺の頭になぜかのった。 二人とも俺のどこかに乗るのが好きですね。 なんなら騎乗位で激しく腰振ってもいいんだぜ? ヴィヴィオの処女はパパが頂いちゃうぞー!

「「あ、あの、ひょっとこさん!」」

「はい? どしたのエリオとキャロ。 お腹痛い? トレイ付き添いしようか?」

「ぼ、僕たちもそっちに行っていいですか!?」

「え? どうぞどうぞ。 カモーン!」

 手をばしばしと両手で叩きながら促すと、エリオとキャロは嬉しそうに顔を見合わせて俺の隣に座った。 丁度、座席でいうと キャロ・俺(ヴィヴィオ、ガーくん)・エリオという感じだ。 三人揃って団子三兄弟である。

「ところでエリオとキャロは六課には慣れたかな?」

「は、はい! もう大丈夫です。 皆さん良い人ばっかりですし」

「六課は体よりも心が鍛えられそうです。 隊長の皆さんの経験談や意見を沢山聞くことができますし、何かあったときは全員で解決方法を考えたりして、最高の職場だと思ってます。 あ、この前も全員で解決方法を考えたんですよ?」

「ほうほう、それはどんな問題でどんな解決方法だったのかな?」

 キャロがいまにも話したそうに体をうずうずと動かすので、相槌を打って先を促す。

「あのですね! 誰がギルドマスターをやるかの問題で、はやてさんがギルドマスターをやることで解決しました」

「お前ら職場でネトゲやってんの!?」

「あ、いえ。 一応、PSPですね。 私もエリオくんもあまりできないというか……お仕事中だからやらないようにはしてるんですけど……」

「ヴィータさんを除いた人達が誘ってくるんです……。 ヴィータさんの近くにいれば安心なんですが」

「そっかぁ……。 ロヴィータだけだな、上司という立場は」

 後でロヴィータちゃんに良い子良い子してあげよう。

「まぁなんだ。 なにかあったら六課の皆に相談だな。 揉め事なら俺に相談することだ。 大抵のことはなんとかなると思うから」

 そう言ったところで、腹の虫が盛大に鳴る。 次いでエリオとキャロ、ヴィヴィオとガーくんの腹も鳴る。

「パパー、おなかすいたー」

 膝の上に座ってるヴィヴィオがばしばしと俺を叩きながら口を尖らせる。

「だな〜。 俺も腹減った。 昼ごろに大人組とアリサとすずかが来るとは言ってたけど……。 先に飯食うか」

「海の家に行くんですか?」

「まあ、そこしかないからな」

 ヴィヴィオを肩車して立ち上がった俺に声をかけるエリオ。 エリオは俺の答えを聞いて、自分も行くと言い出した。 そしてそれを受けてエリオの隣にいたキャロも行くと言い出す。

「あ〜、べつにここで待ってていいよ? ただ海の家の人に場所を少しだけ借りる交渉しに行くだけだから」
 
「え? 交渉ですか?」

「そうそう、海の家で俺が昼飯作るんだ。 だから少しだけスペースを貸してもらおうと思ってね。 毎年のことだからすぐに了承貰ってくるよ」

「まぁいいじゃないかひょっとこ。 エリオとキャロも連れていってやれば。 これも経験の一つになるだろうし」

 後ろからかけられた声に振り向くと、ロヴィータが腕組みしながら俺のことをみていた。

「これ経験になるか? まぁ、そこまでいうならいいけどさ。 べつに何かするってわけでもないけど」

「……お前はなんであたしの頭を撫でてるんだ?」

「ロヴィータちゃんはえらいでちゅねー。 いいこいいこでちゅー」

 ボキッゴキッ

「……調子にのってごめんなさい」

 ロヴィータちゃん、見かけによらず怖いのね。 いま股関節外されて、そして股関節戻されたよ。

 何事もなかったかのようにロヴィータちゃんはエリオとキャロを連れて歩きはじめる。 こいつ神経図太いな。

「そういえばひょっとこ。 さっきなのはがお前のこと『すっとこどっこい』とか言いながら怒ってたぞ」

「……なんで?」

「さぁ? またお前がやらかしたんじゃないのか?」

「むしろ一方的にやられたの俺なんだけど」

「ところでひょっとこ。 お前海の家で何作るんだ?」

「う〜ん……どうせ海の家手伝うことになるだろうし、適当に食材ちょろまかして作るよ。 誰かが魚とか釣ってくれる嬉しいんだが──」

『サメだーーーー! サメがきたぞーーー!!!』

「「…………」」

 ……おかしい、ここ海鳴だよね? なんでサメがいるんだよ。

 固まってる俺をみて、ロヴィータちゃんが極上の笑みでサメのヒレが浮かんでいる方向を指さす。

「よかったなひょっとこ。 魚がきたぞ!」

「いやいやいやいやいや!? 確かに魚かもしれないけど、俺があれ仕留めんの!?」

「サメくらい倒せるだろ?」

「いけなくもないけど痛いの嫌いだし! 相手はサメですから!」

 そういっている間にも海水浴に来た客たちは悲鳴を上げながら逃げていく。 他の六課メンバーもこの異常事態に気付いたのか、こちらに駆け寄ってきた。

「ひょっとこ。 サメを倒せば、なのはもフェイトもはやてもお前に惚れるぞ?」

「え? ほんと?」

「間違いなく惚れる」

「よし、行ってくる」

 駆け寄ってきたなのはとフェイトとはやてのほうに一度目を向ける。

 三人とも俺とロヴィータが何を言っているのか聞き取れなかったのか、きょとんとした顔を浮かべていた。

 そんな三人娘にウインクし、高速でこちらに向かってくるサメの前に対峙する──途中でやめた。

「どうしたひょっとこ? さっさと死んでこいよ」

「いいよ。 それよりもさっさと海の家に行って交渉してこようぜ。 ヴィヴィオとエリオとキャロがお腹すかせてるんだし」

 俺はヴィヴィオを肩車したまま、エリオとキャロを連れだって海の家へと進路を固定してもう一度歩きはじめた。

「世の中は適材適所。 アレには俺よりも素晴らしい材料がきたから大丈夫だろ」

 そういってロヴィータに指さす。 遥か前方に仁王立ちしている男たちの姿を。

「心配すんな。 俺が信用するミッド最強の局員と、信頼する海鳴最強の剣士が相手だからさ」

 俺が指さす方向には、おっさんと士郎さんが水着姿で立っていた。

 どうやら今日の昼はサメ料理に決定したようだ。



           ☆



「悪いね、毎年毎年貸してもらって」

「へへ、気にすんなって! それより……そのサメ食う気なのか?」

「とりあえず、醤油焼きやバターソテーにしてみる。 ふかひれは絶対使えるだろうけど。 刺身は……いけるか?」

「いや、聞かれても困るが……」

 おっさんと士郎さんがサメを獲得してから10分。 俺は最初の予定通りに、海の家へ交渉に行った。 交渉自体はなんなく終わったわけだが──

「いや〜、海の家って混むねー。 大盛況もいいとこじゃねえか」

 サメを捌きながら、隣で焼きそばを作っている店主に喋りかける。 此処は海の家にしては意外と金額も安くて、店主の腕もいいので毎年毎年盛況なのだ。

「おい、ひょっとこ。 お前の望み通りにタコ釣ってきたぞ」

「誰が2mのタコ釣ってこいといった。 タコ坊主が」

 おっさんがタコを片手に戻ってきたのはいいものの、その大きさに思わず悪態を吐く。 微妙にうねってるのがなんともいえない。

「ところで、いつ来たんだ?」

「お前が海の家に向かう途中だよ。 そこからサメが来たってんだから急いであそこに行った」

「ふ〜ん。 あ、子どもたちに料理持ってってくれ。 俺や大人組はまだいいだろ」

 おっさんに先ほどエリオやキャロ、ヴィヴィオやガーくんにスバルにティア用に作った料理を運ばせる。 他の奴らは後回し。 子どもが一番である。

 海の家はやはりというかなんというか、俺たちのような大所帯には少し手狭なので先程のパラソルを少し大きくしてそこで昼飯を食べることにした。 といっても、紙皿を持っていくだけなんだけどな。

「ほぉ……かば焼きまで作ったか」

「意外と此処って食材があるんだよな」

 まぁ、そのかわり店主しかいなくて回らないんだけど。

「とりあえず、客を捌き終えたら俺も行くからそれまではだらだらとしててくれ」

『手伝ってくれー!』

「うーい! んじゃ、よろしく頼んだ」

 おっさんに軽く手を振って客の注文を取りに行く。 

 さて……午後からなにするかな。




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