92.小休憩2



 トントントントン、とキッチンからは小気味よい包丁の音が聞こえてくる。 家の労働の一切を担っている俊が風邪で倒れこんだのが昨日のこと、そして今日はその俊に代わってフェイトが家事を担当することとなったのだ。 高町なのは? 家を燃やすつもりか。

 フェイトが俊のためにおかゆを作っていると、背後から何者かの視線を感知した。 フェイトは後ろをそっと振り向く。

「|ω・`)」

「な、なのは……?」

「|)彡サッ」

「……」

 ……かわいい。 フェイトは先ほどからのなのはの行動をそう結論付けた。 最初はおとなしくゲームをしていたなのはだが、次第に飽きてきたのかはたまた俊のことが心配なのか、しきりにフェイトが担うキッチンに近づこうとしては去っていく。 先ほどからそれの繰り返しである。 ちなみにヴィヴィオはガーくんとゲームに熱中している。 すっかり涙も消えていた。

 フェイトは一つでおかゆを作りながら、もう一つで三人分の昼食を作りつつ、なのはに声をかける。

「えっと……手伝いたい?」

「(コクコク)」

「それじゃ、お皿をお願いしてもいいかな? 大きいのを二つと小さいのを一つ。 今日のお昼は豚肉とお野菜の辛味噌炒めにするからさ」

 フェイトのお願いになのはは首を縦に動かした後、食器棚から大きな皿を二つと小さな皿を二つ取出し、フェイトに見せながらキッチンに置く。 いちいち仕草が可愛く、フェイトは胸の辺りがキュンとした。

「それじゃ次はご飯をよそってくれる?」

 なのははご飯茶碗を取出し三人分をそようとテーブルへと置きにいった。 フェイトはそれを見送った後、フライパンから出来上がった豚肉と野菜の辛味噌炒めをなのはが用意してくれた皿に盛りつけていく。 盛り付けが終わった直後になのはが丁度よく来たので、フェイトはなのはに運ぶように言いつける。 それを了承したなのはをみて、フェイトは俊のおかゆの最終段階へと入った。 既に出来上がりつつおかゆに卵を落とし完成である。 それにしてもこの女性、作る料理がミスマッチである。

「あ、先に食べてて。 私は俊にご飯食べさせてくるから」

 なのはとヴィヴィオにそういってフェイトは二階へと上がっていく。 その顔は心なしか嬉しそうであった。

「(もしかしたら、『やっぱり俺にはフェイトがいないとダメなんだ……』とか言われたりして?)」
 
 そんなことを考えながら、フェイトは俊が寝ているドアをノックした。

            ☆

 頭がぼーっとする。 体がふわふわと空を漂っているような感覚に陥って、これが夢なのか現実なのかわからない。

 コンコン

『俊―? 入るよー?』

 俺のエプロンを着たフェイトがおぼんを持って入ってきた。 エプロン姿がよく似合うよな。 まるで新妻みたいだ。 いや、今日は新婚の新妻みたいにしてくれるんだっけ? あぁ、風邪ひいてよかった。

 コトンとおぼんを置いたフェイトは俺の背中に手を回し上半身を起き上がらせると、前髪をあげて額をくっつけてきた。

「うーん、まだまだ熱が高いね。 おかゆ作ってきたんだけど……食べれる?」

 小首を傾げながら聞いてくるフェイト。 あぁ、可愛いなぁ。 なんでこいつはこんなに可愛いんだ……。

 けど、本当にフェイトがここまでしてくれるんだろうか? なんだか夢のような気がしてきたぞ。

 フェイトが蓮華をもってふーふーとおかゆを冷ましてくれている。

 そんなフェイトを見て、俺の体は自然と動こうとしていた。 それに必死に自制を効かせようとするが、体調不良のせいか思い通りにいってくれない。

 けどまぁ、いいか。

 どうせ夢なんだ。 夢の中でくらい、普段できないことをしても大丈夫だよな、害はでないんだし。 フェイトにキスしても大丈夫だよな。 俺だって好きな娘を前にして完璧に抑えることができるほど、できた人間じゃないんだしさ。

          ☆

 フェイト・T・ハラオウンはいまの現状が理解できないでいた。

「──!?」

 声を出そうにも声を出せないフェイト。 しかしそれもそうだろう。 何故ならフェイトの声を発する場所である唇を、上矢俊が塞いでいたのだから。

 思わず手に持っていた蓮華を落とすフェイト。 蓮華はベッドのシーツに吸い込まれるように落ち、シミを作った。

 そっと唇から離した俊は、そんなフェイトを見てクスリと笑った。

「ダメじゃないかフェイト。 食べ物を粗末にしちゃいけないよ」

 落ちた蓮華を拾い、置いてあるおかゆをすくう。 熱を冷ましながらおかゆを食べた俊は数回咀嚼した後飲み込んだ。 ぺろりと舌舐めずりをしてフェイトに蓮華を向ける。

「フェイト、これちょっと塩分が多いかな? おかゆに塩を使うときは気を付けないと、すぐに塩分過多になっちゃうぜ?」

「へ? あ、ご、ごめん……」

 思わずフェイトは謝ってしまう。 目の前に人のために作ってきたのに、何故かその人に注意されてしまうフェイト。 しかし俊はそんなことなどお構いなしにおかゆをすくいフェイトの口に持って行った。

「ほら食べてみろよ。 ゆっくり咀嚼していくとわかるぜ?」

 少しおどおどしながら、ぱくりと勢いよく口に含んだフェイト。 そのままもぐもぐと咀嚼し──

「あ、ほんとだ。 確かに多かったかも。 ……むー、でも俊のために作ったんだし……」

 頬を膨らませるフェイトに、俊はゆっくりとフェイトの髪を撫でながら近づき、ぺろっと舌でフェイトの唇を舐めた。

「──なっ!?」

「うん、これくらいが丁度いいよ。 ん? どうしたんだ? フェイト」

 フェイトは自分の顔が赤くなるのを自覚する。 それと同時に今度こそ動揺した。

「しゅ、しゅんっ!? ちょ、ちょっとどうしたの!?」

 ガバっと俊の両肩に両手を置くフェイト。 俊はそんなフェイトの手を取り、ゆっくりと自分の胸の前にもっていく。

「ごめんなフェイト。 あまりにフェイトが可愛くて、あまりにフェイトの唇で艶やかで、ついつい舐めてしまったよ。 やっぱり迷惑だったよな?」

「い、いや……べ、べつに迷惑ってわけじゃ……」

 ここで嫌と言えないフェイトは自分自身に叱咤する。 そんなフェイトを見て、俊はゆっくりと抱きしめた。 フェイトの金色で手で梳くと閊えることがない流れるような金髪を撫でながら、優しい声色でフェイトの耳に囁きかける。

「ごめん、フェイトを困らせて。 やっぱり俺ってダメな男だな……」

「そ、そんなことないよ!? ほ、ほら私はこんなに元気だから!」

 顔と顔とが見れる距離まで引き離したフェイトは、にっこりと笑顔を浮かべる。 それを見て、俊もニッコリと微笑んだ。

「やっぱり、フェイトには笑顔が一番だ」

「あぅ……ありがと……」

 い、いったいどうしちゃったの!? いつもの俊じゃないよねっ!?

 フェイトは心の中で叫ぶ。 しかしそんな叫びも俊には届くはずもなく、フェイトは腰を掴まれ胡坐を掻いた俊の膝に乗せられた。 あわあわするフェイト。 手を背中に回す俊。 そしてもう一度キスをする。 優しくゆっくりとキスをする。

 ………べつにいつもの俊じゃなくてもいいかも……。

 フェイトは心の中で呟いた。 当たり前のようにその呟きは俊に届くはずもなく、俊はフェイトに話しかけてきた。

「フェイトはほんと可愛いよな。 それに人当たりもいいし、仕事だってできる。 なんでもござれの美人だよ」

「そ、そんな……」

「けど、だからこそ俺は心配になっちゃう。 誰かにフェイトを取られるんじゃないかってさ」

「……俊……?」

「なぁフェイト。 俺にはお前が必要なんだ」

 俊は強引にしかし優しく、フェイトをベッドに押し倒す。

 フェイトは抵抗しないまま、成すがままに押し倒される。

 ポジションが上になった俊はフェイトに安心感を与えるように笑みを浮かべ、キスをおとす。 今度はフェイトの唇から自分の舌を侵入させ、フェイトの舌を絡ませる──所謂ディープキスである。

 驚き引っ込めようとするフェイトの舌を俊は逃がさず、まるで手を取り抱き寄せるようにフェイトの舌を離さない。 幾ばくもしないうちにフェイトも積極的に自分の舌と俊の舌を絡ませる。 『もっと欲しい……、もっとしよう……』 言葉にはしないが、フェイトは目線で俊に訴えかける。 手を俊の首に回し、決して離さない意志を見せた。 二人だけの空間には卑猥な音と、時折漏れるフェイトの声だけが聞こえてくる。

 何分が経っただろうか、俊はそっとフェイトの口腔内から自分の舌を離す。 「あっ……」 思わずフェイトはそう声を漏らした。 細い銀色の粘着質のある糸が先程までの二人のつながりを一層認識させる。

「フェイト、かわいいよ……」

「ふぁっ……、く、首筋にキスしないで……。 す、するならここに……」

 自分の指で唇を指さすフェイト。 おねだりするフェイトに俊は首を傾げながら、手を太ももにもっていった。

「そこもいいけど、俺はこっちもしたいな?」

 ゆっくりと愛撫しながら俊は首を傾げながら聞く。 フェイトは視線を四方八方に向け、誰もいないことを確認する。 全神経を集中させ、気配を感じないことを確認する。 その間にも俊は太ももを撫で続け、ゆっくり焦らすように下腹部、フェイトのスカートの中へと手を忍び込ませる。 ビクっ、フェイトは緊張で体が跳ねる。

 それを見た俊は、フェイトの緊張を解くためかキスをし、意識をそちらに向けさせる。 フェイトの目は幸せそうにとろんとしていた。 俊はゆっくりとフェイトの下着越しに指を這わせていく。

「じ、焦らさないでよ……俊」

「フェイトが可愛いから、つい」

「……もう。 もっとして……、私を愛して……」

 ジーーーーーーーーーーッ

『シャマルさん! それ以上近づくと録画がバレちゃいますって!?』

『大丈夫ですよティアナ。 いまのフェイトちゃんは察知する能力は完全に機能してないようなものですし』

『それにしてもひょっとこさん……、意外と積極的なこともできるんですね……』

『ありゃ完全に現実と夢の区別がついてない状態だな。 “夢だから普段できないことをしても大丈夫。 だって夢だし嫌われても俺には害がないしな” とか考えてるぜ。 さっさと死ね、クズ野郎』

『シグナム、ヴィータは荒れてるな』

『仕方ない。 見舞いのために午後の仕事を全部断ってきたというのに、当の本人はテスタロッサといちゃいちゃしていたんだ。 自腹でフルーツまで買ってきたというのにな。 まぁ、あのクズが死ねという所には同意するが』

『それにしてもはやてちゃん遅いですねー。 まだなのはちゃんに入れてもらえてないんですか?』

『主はやては色々と前科があるしな……』

 ドアの向こうからティア、シャマル、スバル、ヴィータ、ザフィーラ、シグナムのやり取りが聞こえてくる。 その声を聞いた瞬間、先程まで幸せに浸っていたフェイトの意識が急激に現実へと引き戻された。

 思わず俊を突き飛ばし、力強くドアを開ける──

「「「「「編集してから渡しますので」」」」」

「まだ何もいってないんですけどっ!?」

 ドアを開けると、全員がにやにやとした笑みを浮かべながら立っていた。 フェイトは顔が赤くなる。

「フェイトちゃん、口の周りの唾液は拭いたほうがいいですよ?」

「へっ!? い、いやだ、私ったら……」

 袖でぐしぐしと拭うフェイト。 それを愉快そうに見る者たち。 フェイトはその視線に気づいたのか、あわあわと慌てふためいた後、

「ちょ、ちょっとシャワー浴びてくる!」

 そう言い残しその場を脱兎の如く逃げ出した。

 それを見送ったヴィータは俊の部屋へと入りそこで、ようやくしっかりと頭が働いてきた俊の顔面に蹴りを躊躇いなく打ち込んだ。

 上矢俊、またしても意識を失うのであった。




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