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98.閉幕



『これにて終了でございます』

 わたしの周りにはフェイトちゃんやはやてちゃん、そして愛娘のヴィヴィオが嬉しそうに笑っていた。 華やかなドレスを纏いながら、親友たちに囲まれて大きなホールで楽しくお喋りする。 なんでこんな場所にいるかはわからないけど、心がほっこりと温かくなるのは肌で感じた。 だけど、いつまで経っても彼が自分の所に来ないのが疑問で、ついつい隣にいるフェイトちゃんに彼の居場所を聞いた。

『え? そんな人いないけど……?』

 フェイトちゃんはおかしそうにわたしを見る。 そんなことあるわけない。 だって、一緒に住んでたじゃん!

 わたしははやてちゃんに尋ねてみる。 はやてちゃんだって、はやてちゃんだって、その……体がワナワナ震えてくるけど……彼に色々してるんだし、知らないはずないもんね?

『う〜ん……。 なのはちゃん、疲れてるんやない?』

 知らなかった。 苦笑しながら、わたしに休むようにいってくるはやてちゃん。 はやてちゃんはよく嘘をつくけども、絶対に笑えない嘘はつかない。 それだけは誓える。 そんなはやてちゃんがなんでこんな嘘をつく必要があるんだろう?

 ヴィータちゃんにも、シグナムさんにも、シャマルさんにも聞いてみた。 彼がバイトでお世話になったというカリムさんにも勿論聞いた。

 全員とも反応は一緒。 わたしが疲労していると思い休養を進めてくるばかりであった。

 そんなことあるはずない。 だってわたしが覚えているから。 わたしの記憶にわたしの心に、彼は刻み込まれているから。 きっと、これは何かの間違いだ。 自分自身に言い聞かす。 言い聞かしながら、愛娘のヴィヴィオの答えに唖然とした。

『パパ? ヴィヴィオにパパはいないよぉ〜?』

 無邪気に無垢に答えるヴィヴィオ。 その瞬間、わたしは彼の名前を叫んでいた。 360度、あらゆる所に視線を這わしながら、蟻の子一匹逃すことなく。

 何度も何度も視線を動かし、わたしはやっと彼を見つけた。 スーツを着込み、その上に白衣を纏い、手でお祭りにときに買ったと思しきピエロの仮面を弄びながら、わたし達の姿を見た彼は嬉しそうな笑みを浮かべて外へ出ていった。 いまにも消えそうで、いまでも無くなりそうで、既に失せそうで、彼は外へと消えていった。

 自然と手を伸ばした、頬から流れる滴を拭うこともせず、わたしはがむしゃらに手を伸ばした。 届かなくても、捕まらなくても、必死に手を伸ばし──

「あっ、なのはっ……!? おっぱい掴まないで……! んっ……!」

 フェイトちゃんの朝から妙に艶めかしい声で目覚めることになった。

             ☆

 今日は私のほうが先に起きたので、しばしなのはの寝顔を見守ることにしていた。 同い年にもかかわらず、なんとなく母性本能をくすぐるというか……、ついもふもふしたくなるような、そんな錯覚に陥ってしまうなのは。 9歳の頃からそんな感じなんだよね。 二人揃って母性本能をくすぐるから困ってしまう。 むにゃむにゃと手を動かすなのはは、たまに自分の長い髪の毛を食べようとしたり、眉を顰めたりしながら熟睡している。 う〜ん、そろそろ起きるかも?

『パパー! 魔法少女コミカルゴメットさんがはじまるよー?』

『ちょっとまってー! もうすぐ朝食出来るからー!』

 もう一方の母性本能をくすぐる子供は、私の大事な愛娘と一緒にアニメを見るみたい。 今日もヴィヴィオと一緒に起きて遊んでいたみたいだし、ちょっと妬けちゃう。 子供のほうにも、愛娘のほうにも。 はぁ……私も9歳の頃に戻れたらなー。

「んっ……。 ダメ……、行っちゃや……」

「ん?」

 なのはのほうから小さな声で何か聞こえてきた。 あまりにも小さな声量のせいで聞き取れず、ついつい顔を近づけると──なのはがいきなり胸を鷲掴みしてきた。 あまりの早業に反応することさえ出来なかった。

「んっ……!」

 つい漏れてしまった声を聞いて、なのはの揉みが一層強く、そして早くなる。

「あっ、なのはっ……!? おっぱい掴まないで……! んっ……!」

 堪らず声を出す。 私の声が聞こえたのか、なのははビクっと体を震わせパチリと目を覚ました。 二、三度瞬きをした後、私のほうを向いて笑顔を見せるなのは。

「おはよー、フェイトちゃん!」

 なのは、その前に私の胸を揉みしだく行為を止めてください。

「うん、おはようなのは。 と、ところでさなのは──」

「ね、ねぇフェイトちゃん?」

「ん? どうしたの?」

 胸を揉む手が止まり、心配したような、それでいてどこか不安そうな顔を見せるなのは。 もしかして、嫌な夢でも見たのかな?

「えっとさ……俊くんって人物、知ってる?」

「忘れたくても忘れられないと思うよ?」

 何を言っているんだろう。 もしかして、まだ寝ぼけているのかな?

 私の答えを聞いたなのはは、何故か安堵したように息を吐き、いきなり私に抱きついてきた。

「もー! フェイトちゃん大好きー! やっぱそうだよねー、忘れるはずがないよねー!」

「きゃっ!? も、もうなのはったら……。 もう俊が朝食作ってるし、早く二階に下りないと……」

「えー! もうちょっとだらだらしようよー。 どうせ俊くんが起こしに来てくれるんだしさー」

「いや、だから……」

 その俊が来てるんだって……。

 部屋の扉を指さし、なのはの視線を移動させる。 扉の前には、鼻息を荒くした俊と、「わーい、ラブラブだー!」 なんてことをいいながらはしゃいでいるヴィヴィオ、そして欠伸しながら興味なさそうにしているガーくんがいた。

 正直、鼻息荒くしている俊が気持ち悪い。

「はぁ……はぁ……百合……百合……!」

 喋るともっと気持ち悪かった。

 扉を一気に開け放ったヴィヴィオが、私となのは目がけて飛んでくる。 それを二人で受け止めながら三人でベッドに倒れこんだ。

「ヴィヴィオー、今日も元気だねー!」

「うんー! さっきパパとゴメットさんみたからヴィヴィオげんきだよー!」

「そっかー。 ゴメットさんカッコいい?」

「うん! でも、パパのほうがカッコいいよ! そしてねーそしてねー、なのはママとフェイトママのほうがかわいい!」

「あ〜ん、もうヴィヴィオ大好きー!」

 互いに抱きつく二人。 そこに私も巻き込まれるようにして、川の字になってガールズトークを開始する。 ふふっ、なのはとヴィヴィオとこうやって遊んでるときって幸せ。 ご飯はその……将来の旦那さんが作ってくれてるしね。

『うわぁ〜〜〜ん!! 俺も息子切るからその輪の中にいれてくれー!』

『オチツケ!』

 ……なんで私となのはがチラチラそっちを見ているのかはわかってくれてないんだね……。

 はぁ……、この調子じゃいつになるんだろうなぁ。

 ──食卓──

「つまり夢の中でなのはは俺の存在を抹消したかったということか。 こうして俺が話している間にも『うっせーんだよ、この家畜が』 とか思ってるんですね」

「ち、違うよ!? そんなことないもん! むしろ忘れていたフェイトちゃん達のほうが最悪だと思います!」

「なのは……、夢って自分の都合のいいようになってるんだよ?」

 フェイトの優しいまなざしになのはがわんわんと抗議する。 朝からなのはは元気だなー。 それにしても面白い夢だ。 俺がいなくなるかぁ……。

 並行世界にはそんな世界もあるんだろうなー、と考えながら箸を進めていく。

「じゃ、じゃぁじゃぁ! フェイトちゃんはどんな夢を見たの! わたしは教えたんだし、勿論フェイトちゃんもいうよね!?」

「なのはが勝手に言い出したのに……。 まぁ、私の夢は至って普通なんだけど──なのはと俊とヴィヴィオを養っていたかな」

「至って普通だな」

「でしょ?」

 フェイトと二人して頷くが、なのはは納得できなかったのか異議を挟んできた。

「はいはい! わたしも俊くん養ってます! フェイトちゃんの夢に抗議します!」

「まぁ……所詮夢だしねー」

「だなー」

 なのはの抗議をさらりと流す。 瞳を潤ませながらいじけるなのはに、二人して鮭の切り身を与える。 するとなのははちょっとだけ機嫌を治したのか、嬉しそうな顔をする。

 隣から服の袖を引っ張る感触を覚えて横を向くと、ヴィヴィオが太陽な笑顔で自慢げに夢の内容を話してくる。

「ヴィヴィオはねー! なのはママとフェイトママとパパとガーくんといえにいたよー。 それでねそれでねー、なのはママのあたまにねこさんのみみがぴょこぴょこしてて、フェイトママはわんちゃんがぴょこぴょこしてたー!」

「へー。 それはパパも見たかったなー。 それで、パパはどんなだった?」

「ハムスターのふくきてママたちのまんなかでふるえてた!」

 それ絶対に脅されてる最中ですね。 カツアゲされてます。

 ヴィヴィオの頭をなでなでして、ガーくんにも聞いてみる。 アヒルと意思疎通できるとは、時代も進んだものである。

「ガークンハドラゴンタオシタ!」

 現実でもしそうだから怖い。 なんせ箸で器用に鮭の身ほぐしているアヒルだからな。

 みんなそれぞれ面白い夢をみているものだ。

 うんうんと頷き、頬にご飯粒をつけているヴィヴィオの顔を拭いてやっていると、なのはとフェイトがこちらに視線を向けてきた。

「「んで、君は?」」

「リンディさんに暴言吐いて絶望で全身を覆われる寸前だった」

 まぁ、本当はウエディングドレスなんだけどな。

 なのはとフェイトが出勤する時間になり、見送りとして玄関まできた。 今日は9月19日、いつもと違う仕事になるだろうな。

 それを表すように、靴の踵を整えていたなのはがふと何かを思い出したように俺に話しかけてきた。

「あ、そうそう俊くん。 今日は此処で仕事があるんだ。 武道館何個分の広さなんだろねー。 なんでもパーティがあるらしくてね、今日は六課が色々と頑張るみたい。 会場設備とか、ショーの司会者とか、まぁ……前線の私達がどれだけするかはよくわからないけどねー」

 ……こいつ、いま自分のことを前線といっただと……? お前、いつ戦いに出動したっけ?

 俺に招待状らしきものを渡してくるなのは。 丁寧にガーくんの分まで揃ってる。 俺は俺用にカリムさんから貰ったわけだが、折角だしこちらを使わせてもらうことにした。

 いつものようにお見送り。 フェイトが自室で何か探し物をしているので、しばし待つことになっているが。 その間、なのははヴィヴィオとあっちむいてホイして遊んでいる。 ……正直なところ、なのははこういう子供と遊んでいる姿のほうが似合ってしまう。 う〜ん、戦ってるなのはも恰好いいんだけどな〜。

 やがて二階からバタバタと慌てて降りる音が聞こえてくると、フェイトが姿を現した。 手に持っているのは車のカギ。 なるほど、部屋に間違って置いていたのか。

 「いってきまーす!」 腕時計を見ながら慌ただしく玄関を出ようとするフェイト。 そんなフェイトの手を引いて、体を支えながら俺は耳を近づけフェイトにだけ聞こえるように囁いた。

「なぁフェイト。 すぐに結果が出ない行動もいいものだな」

 何を言わんとしているのか理解してくれたフェイトは、そっと微笑んでくれた。

 今度こそ玄関を出る二人に手を振って、俺もスーツに着替えに部屋へと向かった。

          ☆

 時刻は既に19時を迎えようとしていた。 目の前には最高評議会の面々方、室内には俺とスカさんの娘の二人だけ。 ヴィヴィオとガーくんはリンディさんと一緒に会場に向かっている。

「(科学の力ってすげー。 脳みそだけなのに生きてるんだもん)」

 初めての遭遇でしげしげとポッドを眺める俺、最高評議会は声をかけてきた。

『もう一度……言ってもらうか?』

 重く、体の芯を押さえつけられたのかと錯覚してしまうほどの声。

「ん〜? だからさ、俺と一緒に来てほしいところがあるんだよ。 絶対に気に入るって。 一秒一秒、世界のこと考えてたんじゃキリがないぜ? 発狂しちゃうぜ?」
『発狂など、当の昔にしておった。 狂い狂い狂い続け、それでも私達は世界の行く末を見守るためだけに存在しているのだ。 力が及ばないことなどとうに知っておる。 願いが叶わないことも知っている。 それでも……可能性を信じて私達はモニターを見続けるのだ。 ここを離れることなどありはしない』

 対面してわかる、覚悟の強さ。 最高評議会の想いと重くなった心。 最高評議会は既に知っていたのだ。 だけども、それを肯定して何が変わるわけでもない。 否定して何かが生まれるわけでもない。 最高評議会に力なんて残っていない。 少し調べれば分かることだった。 何も出来ない自分達の愚かさに歯ぎしりしながら、ただ虚ろに刻を刻むのみ。

 かける言葉が見つからなかった。 いや、かける言葉はすぐに見つかった。 だけど、その言葉をかけたところで、世界が変わるわけでもなく、最高評議会が変わるわけでもない。 俺なんかが声をかけてもきっと変わらないだろう。

 自然に歯ぎしりしていた。 自分はやはり無力なんだと思い知らされる。

 それがなにより悔しくて──俺は手にもっていたバブをポッドの中に落とした。

『き、貴様ぁああああああああああああああああああ!?』

「すまない、バブ一つしか持ってこなかったんだ……」

 バブを一つしか持ってこなかった自分が情けなくなった瞬間だった。

「鬼畜の所業だ……」

 スカさんの娘に当たるドゥーエさんは何故か俺を見て戦慄していた。 残る二人の最高評議会はモールス信号で降参を示してきた。

 しゅわしゅわと泡が立つポッドを眺めながら、俺とドゥーエさんは場所を移動する準備を始めた。

 疲れたろ? 後は俺達に任せなよ。

              ☆

 それは唐突に送られてきたものだった。 9月4日に私宛てに届いた手紙、丁寧な字で書かれた手紙を要約すると、いわゆる招待状であった。 こんな酔狂なこといったいどこのだれがしたのだろうか。 資料整理も大詰めにきていた私は、ウーノに招待状を預けそのまま作業に取り掛かった。 抑えることができない笑みを浮かべながら。

 そして来る19日、私はその光景に唖然と圧倒されることになった。 正確な人数などしっていないが、ほとんどの局員が来ているのではないかと思うほどの人の多さ、局員以外にも聖王教会・縁のある人物たちは呼んでいるようだが……。 それにしてもこの多さ、予想を遥かに上回っているこの現状に、流石の私も声を失う。 資料が潜ませてあるトランクケースを握っているこの感触だけが、この光景を現実だと実感させてくれた。

「流石のお前も驚くか、ジェイル。 無理もない。 こんな現状、実現したくても出来ないものだったからな」

「昔までは……」 幾許か優しげな声色で、私と同じこの光景を見る者はそう声を出した。

 そう、そうなのだ。 陸と海の垣根を越えて、仲よさそうに話しているこの光景を私はいまだに信じられずにいた。 口々に互いの欠点、それによる支障、そしてその欠点の改善点。 いまごく当たり前に行われている光景が、つい数か月前の管理局では決してありえない光景であったのだ。 なんせ、陸と海の亀裂は海よりも深く、陸よりも長いものであったから。

「不思議なものだ……。 おかしいよな、依然からずっとこんな状態だとつい錯覚してしまうのだ。 陸と海に亀裂などなく、こうして世界のためにお互いが尽力を尽くすために各々奮起する。 以前からそうだったんだと……錯覚してしまう」

「錯覚するのも無理はない……。 なんせ私だって信じられないのだ」

 あぁ……どうして彼はいつもこうなのだろう。

 どんな障害だって、彼は笑って壊してしまう。 いつだってそうだった。 あの時だって、空港事件のときだって。

『あ〜! スカさんだー! ウーノさんもいるー! あー、チンクもいる! お〜い!』

 遠くのほうで、お姫様のような服を着込んだヴィヴィオくんが手を振っていた。 その隣には、ママである高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンもいる。 ……彼女にもまた、母であるプレシア・テスタロッサのことを話そう。 ──彼によって、自首の機会は潰されてしまったのだから。

 駆け寄ってくるヴィヴィオくん、それを確認してトランクから手を離した。 中には必死になって死にもの狂いで集めた研究結果で入っているにもかかわらず、そのトランクから完全に手を離した。 体に軽く衝撃を受けながらも、私はヴィヴィオくんをしっかりと抱きとめた。

「こんばんは! スカさんにウーノさんにチンク! わ〜! 他のみんなもいる!」

 後ろに控えていた可愛い娘たちに挨拶をしていくヴィヴィオくんは、その愛くるしさも相まってかすぐさま皆の玩具と化してしまった。

 皆もヴィヴィオに会いたかったのだろう。

「あ、スカさんこんばんは〜。 今日は家族全員で出席なんですね」

「ははっ、このようなお祭りごとを私一人で楽しんでしまったら、それこそ娘たちに後で何されるか分からないさ」

 あぁ……いまさらになって考え出した。 いや、放棄して考えに真正面から向き合った。

 もし、もしも私が今日自首をしていたら──娘たちの心はどうなるのだろうか?

 私は拘束され、最悪死刑になるだろうし、それでいいと考えていた。

 生活と安全は保障されている、今後の人生は真っ当な人間として生きていくことが出来る。 だけど、だけども──

「ヴィヴィオくん、もしもパパがいなくなったら──どうする?」

 ウーノに抱っこされていた彼の娘に問う。 問われた娘はきょとんとした顔をし──そのまま顔をくしゃくしゃにしだした。

「あっ、い、いやっ!? べつに彼がいなくなったわけじゃなくて──」

「なのはママー! うわぁあああああん!」

「はーい、よしよし。 パパは電話一本で棺桶から甦るから大丈夫だよー。 ほらほら、折角の可愛いお洋服が台無しだよー。 パパに見せるんでしょ?」

「ひっくっ……! うっ……ぐすっ……」

 ウーノの手からなのはに渡るヴィヴィオ。 目から涙をこぼしており、なのはの胸に顔を埋めてぐずりだした。 真っ白のドレスで着飾ったなのはは困った顔をしながら、ハンカチでヴィヴィオの涙を拭ってあげる。 それからヴィヴィオの肩をとんとんと叩きながらゆっくりとあやしていく。

「大丈夫だよー、何も怖いことはないからね〜」

 なのはがヴィヴィオをあやす横では、スカエリッティがこの場にいる全員、ナンバーズ・レジアス・ガーくん・フェイト・そしてなのはから白い目を向けられていた。 頭を項垂れながら謝るスカリエッティ。 ヴィヴィオはぐすんとしながらも、広い心で許してくれたようだ。

 スカリエッティは思う。 そして確信する。

「なぁレジアス」

「……どうした?」

「これを、使ってはくれないだろうか?」

 差し出したのは研究結果が入ったトランクケース。 娘たちの安全な生活と引き換えに自首することを選んだスカリエッティが未来に残すために作った努力の結晶。 それをレジアスに渡す。 娘たちは知らない。 これを作るためにスカリエッティがどれだけ苦労したのか。 しかしスカリエッティもまた、自分がいなくなることで娘たちがどれほど苦労するのかを視野に入れてなかったのだからお互い様だろうか。

 トランクケースを受け取ったレジアスは確認を取る。

「……いいのか?」

「勿論だよ。 いまの私は機嫌がいい。 それに──科学者として、自分の努力の結晶がどれほど役に立つのか興味があるのは確かなのでね」

 スカリエッティの努力の結晶、近い将来必ず役に立つときがくるだろう。

 そしてその時を楽しみにしながら、スカリエッティは家族の輪の中に戻っていく。 大切な家族の輪の中に、笑顔が溢れる家族の中に、本来あるべき家族の形へと戻っていった。

 泣き止んだヴィヴィオが、フェイトから生春巻きを食べさせてもらっている最中、そのアナウンスは唐突にやってきた。

『あー、あー。 えー皆さん、楽しんでるやろかー!?』

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 ホール内に流れる機動六課部隊長の可愛らしい声、後に続く野太すぎる野郎どもの声。 その二つがなんともいえない不協和音を醸し出し、ホール内にいる局員は思わず耳を塞いだ。

『えー、これよりプログラムを消化していくでー! そろそろみんなもだらだらお喋りしたり、食事をするのにも飽きた頃やろ! ここらで一つ、ショーといくでぇえええええ!』

 またもや野太い声がホール内を支配し、その声が静寂に変わる頃、軽快な曲調の音楽が流れだした。 皆の視線は大きいステージへ。 皆がステージを凝視する中、チアリーダー姿のヴォルケンズたちが飛び出し踊りを披露する。 ピンク髪の長身女性は顔を真っ赤にしながら踊り、金髪の柔らかそうな女性は意外とノリノリでボンボンを振るう。 赤髪の幼女は無表情で機械の如く動き、ガチムチの男は笑顔を浮かべながら踊っていた。 迸る汗が一層彼をスターへ駆け上がらせる。

『いいぞガチムチー!』

『シャマルさぁああああああああん! 俺の尿道に注射器を挿入してくれー!』

『ヴィータちゃんかわいいよー!』

『シグナム姉さんカッコいいー!』

 ボンボンを振り振りしながら踊るヴォルケンズに様々な声と喝采が上がり、一番のサビが終わった瞬間、機動六課のフォワード陣が飛び出してきた。 今度はチアガールではなくミニスカメイド服だ。 男共のテンションはMAX、女性もまた、踊る可愛い新人たちに声援を送る。 管理局員の何が凄いかというと、誰も写真を撮ることなくちゃんと余興として楽しんでいることだ。

 なのは達も手拍子で盛り上げる。 飛び入り参加自由なこのショー、既にスカさんの娘の何人かがステージに向かって走り出していた。

 そんな中、なのは達の元にリンディが足を運んできた。 ワイン片手にやってきたリンディに、なのはとフェイトは頭を下げる。

「すいませんリンディさん。 ここまでヴィヴィオとガーくんの引率をしてくれて……」

「ごめんねお母さん」

「いいのよ、二人とも。 そんなに頭を下げなくても」

「あ、ところでリンディさん。 俊くん知りませんか? さっきから探してるんですけど見当たらなくって……」

 きょろきょろと辺りを見回すなのは、その顔はどこか不安そうな顔をしていた。 既にアルコールがはいっているリンディはそんななのはに気づくことなく、笑いながら答える。

「さぁわからないわ〜。 きっと、ちょっと可愛い女の子にナンパでもしてるんじゃないかしら〜。 それよりフェイト聞いてー。 皆私のこと20代だと思って話しかけてくるのよ〜。 もう大変、リンディちゃん困っちゃう〜!」

「母さん大丈夫っ!? ものすごく痛い女の人になってるよ!?」

「まだまだフェイトには負けないわよー!」

「分かったから! 分かったから母さんアルコール摂取するのはもうやめて! 婚活にいる勘違い女性みたいな印象しか持たれないから!」

 大分酔っていたリンディに絡まれながら、周りに必死に張り付かせた笑みを浮かべるフェイト。 ちなみに誰もかかわりたくないのか、スカさんファミリーは2m離れたところで素知らぬ顔で談笑していた。

 フェイトが絡まれ、スカさんファミリーが無視を決め込む中、なのはだけが不安の色を濃くしていた。

 そしてもう一人、ヴィヴィオがいなくなったことにも誰も気づいていなかった。

                ☆

 華やかなステージでホールが熱狂の渦に巻き込まれる中、青年は幾許か離れた場所で最高評議会に話しかけていた。

「管理局ってすごい所だよな。 管理局のおかげで助かった命はいくらでもあると思う。 助けるって行為はさ、その人の何十年後の未来、出会う人さえも守ることになるんだ。 助けられた人物がまた違う誰かと出会い、恋に落ち、ときには喧嘩し、そうやって様々な人間と出会い、人と人とが大きな一本の幹で繋がっていくんだよ」

『無限の樹形図か……』

「あ、知ってた? こりゃまいった。 ドヤ顔で語った俺が恥ずかしい。 まぁそれもそうか、知識で勝てる生き物なんていないだろうしなぁ」

 既にそこには、青年と最高評議会しかいなかった。 青年と一緒に最高評議会をここまで運んできたドゥーエは家族の元へと先ほど走っていった。

『キミはいいのかい? こんなところにいて』

 三人のうちの一人が話しかける。

「いいさ。 ここからでもステージは見えるし、あんたらと話していたいしさ。 それに、ステージを飾るのは俺なんかよりもっと相応しい奴らがいるしな」

 青年の視線の先には楽しそうに踊る六課の姿がそこにはあった。 彼女たちは何も知らない。 夏祭りを終えてからの青年の行動など知る由もない。 何故今日此処でパーティーをしているのかすら理解していないだろう。 いや、彼女達だけではない。 ほとんどの局員が理解していないだろう。

「俺のお節介は終わったよ。 華やかなステージに野郎がいるより、綺麗な女の子たちが踊っていたほうが見ていて楽しいだろ?」

『確かに……。 そうしてお前は、いつだって縁の下の力持ちはするのだろうな……』

 バブで綺麗サッパリな脳になった男は、何度も何度も頷いた。

 男の目にはこの光景がどう映っているのだろうか? こんな組織を作りたかったのではない! そう叫ぶかもしれない。 逆に、こんな組織になってしまって……、と嘆くかもしれない。

 四人とも黙ったまま、時だけが流れていく。 ステージ上では、フェイトが顔を赤くしながら歌を歌っている最中である。 どれほどの時間が流れただろうか、三人のうちの一人、青年の餌食になった男がポツリポツリと話し出した。

「目的は……世界の平和だった」

 何かを思い出すように

「管理局が出来る前はまさに無法であったのだ。 目の前で殺された者もいたし、罪のない者が消える場面にも何度だって出くわした。 なんとかしたかった……、どうにかしたかった……。 世界を恨むのは簡単だが、人を救うのは難しい。 そんなことわかりきっていた。 理解していた。 だけども、それでも、私達は救いたかった。 それだけが、願いだったのだ」

 だから彼らは管理局を設立した。

「だけど人の寿命はかくも短いもので、設立して間もなく体に限界が来てしまったのだ」

 これからだというのに。 折角設立することが出来たというのに。 悔し涙が止まらなかった。

「君なら理解できるのではないか? まぁ理解出来なくてもいい。 とにかく当時の私たちは希望に満ち溢れていた。 管理局を設立し、法を制定し、これからよりよい未来が、管理局が出来る以前なんかよりずっといい世界が待っている! そう期待に胸を膨らませながら」

「それで……そんな状態に?」

「その通りだよ。 死ねない体になることへの抵抗はなかった。 むしろ自分たちが世界の守護者になったんだと思うと誇らしさすら持っていた」

 だが、世界はそんなに甘くなかった。

 管理局を設立したからといって、犯罪の一気に減るなんてことはない。 実際はその逆で、管理局が出来たことによって死角が多く生まれることになった。

「来る日も来る日も減少しない犯罪率を聞くことになった。 罵声だって浴びせられた。 能無しとまで言われた。 しかしそれも当たり前の反応だ。 君だって、強い存在が目の前にいるのに助けてくれなかったら暴言を吐くだろう? 呪うだろう?」

「……うん、俺ならきっとそうするよ」

 管理局だって万能じゃない。 それは周知の事実かもしれない。 だけど、そんなもの救いを求めている存在が気にするはずがないだろう。 『助かりたい』 それだけしか頭にないのだから。

「だから私達は努力した。 世界が平和になるように。 皆が幸せに過ごすことが出来ますように……、そう祈りながら努力した。 そしてその結果──管理局は内部でも対立しあうことになり、段々と私たちは壊れていった」

 何が正義なのだろうか? 何が平和なのだろうか? この行いは間違っていないだろうか?

 自問自答するけども、答えはいつも決まっていた。 自己弁護をしていたのだ。

「滑稽なことだ……。 私たちは世界を救っている気になっていた。 そこで生活している人間には目もくれず、偽りの秩序だけを必死に守ってきたのだ……。 助けを乞う声を無視して……」

 頬に伝う涙は何を意味しているのだろう。

 懺悔? 後悔? 憐れみ? 憐憫?

 答えは彼ら三名しか持ち合わせていない。

 三名の視線の先にはステージが、瞳には踊って騒いでいる局員の姿が映し出されていた。

「……私達がやったことは間違っていたのだろうか?」

 三人のうちの誰かが呟く。

「管理局を作ったことまでも後悔しているわけではない。 しかし……だからと言ってこれまで行ってきた設立以後のことを考えると……」

 自信が持てなかった。 正しい答えを欲しがった。 自分達が歩いた道を肯定してほしかった。 さりとて青年は何も言わず、何も語らず、ただ黙っているだけであった。

 そんな青年の元に何者かが走ってきた。 英国貴族の息女が着るような洋服を着飾りながら小さなお姫様は駆けてきた。 そのまま勢いを殺すことなく青年の膝にアタックを決める女の子。 青年の腰に抱きつき、力いっぱい抱きしめた後、嬉しそうな笑顔を向ける。

「パパみつけたー!」

「ミツケター!」

「おー、見つかっちゃったなー。 よくここがわかったな、誰も分からないと思っていたのに」

「えへへー、ヴィヴィオはパパのばしょならすぐわかっちゃうの!」

 青年に抱っこされながらはしゃぐヴィヴィオ。 青年の頭に乗りながら遊ぶアヒル。

 ふと、ヴィヴィオが最高評議会の存在に気づく。 抱っこされていた青年の手をすり抜けて地面に降り立ったヴィヴィオは、感心と興奮の入り混じった顔で青年と最高評議会に視線を交互に送った。

「パパ! パパ! これ! これ!」

「なんだとおもうー?」

「ヴィヴィオこれ知ってる! ブレインコントロール! ブレインコントロール!」

「う〜ん……ちょっと違うかなー。 これはなー、なのはママとフェイトママが働く管理局の一番偉い人達だよ」

「ブレインコントロールなのに?」

「ブレインコントロールなのに」

 しげしげとポッドを覗くヴィヴィオに、くちばしでポッドを叩き強度を確かめるガーくん。 青年はガーくんを手元に引き寄せる。 ヴィヴィオは青年のほうを向きながら問いかけた。

「おしごとがんばってるの?」

 その問いに青年は笑いながら頷いた。

 ヴィヴィオはポッドに向き直る。 向き直り、三体あるポッドを出来るだけ一か所に集めだした。 ガーくんもそれに倣うようにヴィヴィオの手伝いをする。 一か所に集められたポッドを前にヴィヴィオは大きく息を吸い込み──

「ありがとうございます!」

 その笑顔はひまわりの如き愛らしさで

 その笑顔は太陽のように明るく

 その笑顔は最高評議会の心をすっと軽くした

「パパー、ヴィヴィオちゃんとおれいいえたよー!」

「偉いなー。 流石愛しのヴィヴィオだ。 洋服もキュートだし、パパ襲っちゃうかも! あ、そうだヴィヴィオ。 なのはママを呼んできてくれないかな?」

「うん!」

 褒めて褒めてと急かすヴィヴィオの頭を撫でながら、青年は一つだけお使いを頼んだ。 それに頷いたヴィヴィオはすぐさまなのはを探すため、ガーくんを連れだって走り出した。

 それを見送った青年は、最高評議会に向き直り何か言葉をかけようとしたが目の前に広がる光景を前に口を閉ざした。

 最高評議会は泣いていた。 大粒の涙を流しながら、大の男三人が泣いていた。

 代表格の男が喋る。 顔を歪ませながら喋る。

「おかしなものだ……。 私達は、これまでに沢山の救えなかった人達の顔が脳裏に浮かんでは消えていた。 それぞれが苦悶の表情を浮かばせながら、時には悲しそうな表情を浮かばせながら、私達の脳裏に張り付いて離れなかった……。 聴覚の部分には断末魔が絶えず響いていた……。 それが当たり前だと思っていた。 救えなかったのだから。 それをなくすために私達は違法・合法問わず尽力を尽くした……。 それでもやはり無謀で無茶であり、そのたびに私達は失意に沈んだ……。 ……いつの間にか涙も流すことがなくなった。 枯れ果てたのだと思っていた……。 ──本当におかしなものだ……。 たった1人の少女の言葉に、何故私達はこんなにも無様に泣いているのだろうか……」

 止める術は持ち合わせていなかった。 否、止めようとは思わなかった。

「何万、何億、何兆もの苦悶より、たった1人の笑顔のほうが脳裏に張り付いて離れない……。 何万、何億、何兆もの断末魔より、たった1人の感謝の言葉のほうが絶えず響いてくる……」

 ぼろぼろと涙を流す最高評議会に、青年が声をかけた。

「それが答えだよ。 あんた達のやってきたことのさ」

 男たちの目元を拭う青年。

 「道を歩めば『間違っているかも』と思うことは幾らでもある。 けどさ、歩むべき先にあるのはいつだって未来だけなんだよ。 俺達の歩く先に道はない。 いつだって、歩いた後に道は作られる。 未来に正解なんてありはしない。 だから俺達は努力するのさ。 歩いてきた道を正解だと答えることが出来るように。 胸を張って誇れるように。 後ろに控える子供たちに立派な背中を見せるのさ」

 なぁ、あんたらは胸を張って誇れるか?

 挑発的に誘う言葉。 不敵に笑いながら煽る青年。 最高評議会は、先程の泣き顔ではなく最高の笑顔でこう答えた。

「私達の歩いた道は正解だった!」

 その言葉に青年は子供のように笑って見せた。

「ジェイル・スカリエッティに伝えてくれないか。 『好きな道を歩め』 と」

「ああ、伝えておくよ。 あー、その……ヴィヴィオの後じゃインパクトないかもしれないけどさ、俺からも言わせてくれよ。 ──いままでお疲れ様でした。 後のことは、俺達に任せてください」

「ふっ、ぬかるなよ?」

「人間はそこまで愚かじゃないさ」

 がっしりと握手を交わす。 残りの二人とも握手し、二・三、言葉を交わした。

 最高評議会の顔は晴れやかだった。 もう何も怖いものはないというように、もう何も心配事はないというように。 ただただ、刻の流れを受け止めた。

 男三人の体が発光し、薄れていく。 現世に止めることがなくなった魂が、ようやく輪廻転生の理に戻っていく瞬間であった。

 青年は問う。

「言い残すことは?」

「生きててよかった。 それ以外に語る口をもってはいない」

 それを最後に最高評議会は姿を消した。 残っているのはただの悪趣味な脳みそと、それを保管してあるポッドだけであった。

「さて……いくか」

 ショーが終わったピエロは、華やかなステージを見ることなく姿を消した

               ☆

「え? 俊くんがわたしを呼んでたの?」

「うん! あっちにいるよー」

 いつの間にかわたしたちのそばを離れていたヴィヴィオを探すこと十数分、迷子になっていたヴィヴィオが知らないお姉さんを引きつれてわたしのことを探しに来た。 しかもわたしが迷子になっているという設定だった。 迷子になっていたはずの娘を探していたら自分が迷子になっていた。 どうやら次元跳躍が行われたらしい。

 しかし俊くんがわたしをねー……。 ヴィヴィオの話では、指名はわたしだけみたいだし……これはもしかしたらもしかして?

「う、うんっ! あ、あるよね? だってこのドレス、どっからどうみてもウエディングドレスだし……、まさかわたしの魅力に理性が追い付かなくなった俊くんが獣になっちゃって……!」

 きゃーきゃーと顔を真っ赤にしながら照れていると、隣にいたヴィヴィオがとても心配そうな顔をしていた。 一瞬にして我に返る。

 てくてくとヴィヴィオと手を繋いで指定された所にいくと──

「えっと……俊くんは何と戦っていたの……?」

 なんか脳みそらしきものがぷかぷか浮いていた。 あ、ガーくんダメだよ!? 口ばしで遊んじゃダメだってば!?

「あれー? さっきはしゃべったのにね〜」

「オカシイネー?」

「これが喋ったの!? これが!?」

 流石のわたしも驚きを禁じ得ない。 もしかしてこれは悪魔合成に失敗した成れの果てなのかもしれない……!

「あ、手紙がある。 これは俊くんからだねー。 ふ〜ん、結構ロマンチストじゃん。 でも中身は結構乙女な部分あるし──」

 言葉が止まる。 手紙に書かれていた文面を何度も何度も目で追う。

「ははっ……冗談だよね……?」

 手紙に書かれていた文面は至ってシンプルでわかりやすかった。

『ごめん。 刑期を終えたら絶対に働くよ』

「ヴィヴィオ! パパを探すよ!」

「お? お?」

 何があったか分からないけど、お別れなんて真っ平ごめんだよ!

              ☆

 青年は一人、パーティー会場の外でグラスを傾けていた。 笑い声が絶えない場所で、ここだけが隔絶された空間であった。

「今宵は月が綺麗だね。 ひょっとこ君」

「月にいくら手を伸ばした所で、触れることは叶わないぜ? スカさん」

 隣に姿を現した白衣姿の男は、青年のグラスに軽く自身のグラスを当てて飲む。 幾分か酔っ払っているのか頬が赤い。

「あぁスカさん、伝言だ。 『好きな道を歩め』だとさ」

「……うむ、ありがとう。 笑顔で逝けたのかな?」

「あぁ、最後の最後で救われたよ。 よかったのか、話さなくて」

「互いに話すことなど何もないさ……。 それに、……いや、なんでもない……」

「変なスカさん」

「まったくだよ」

 しばし無言でグラスだけを傾ける。

「悪いなぁスカさん。 大事な自首の機会を潰しちゃって」

「まったく……君には困ったものだよ。 こんな祭りをぶつけられると、こちらとしては何もできないではないか。 それでも、研究結果自体は役立つものだったからレジアスに預けたけどもね」

「へー。 結局、スカさんの企みは娘たちにはバレてないの?」

「ウーノ以外には誰も知らないと思うよ。 あ、そうそうひょっとこ君、君にこれを返さなければならなかったね」

 スカリエッティが取り出したのは、祭りのときに渡した大事なひょっとこのお面。 それを受け取った青年は、先程から手で弄んでいたピエロの仮面を粉々に砕く。

「よーし! これで全部元通りだな。 俺も一安心だ! お兄さん記念に踊っちゃうぞー!」

 いそいそと服を脱ぎだす青年は、全裸になると不思議な踊りをはじめた。

       ヽ(゜∀゜ )ノ
         へ(   )
             ω  >

         ヽ( ゜∀゜)ノ 
           (   ) へ          
           く ω  

  < (警)>
   ( ゜д゜)    ヽ(゜д゜ )ノ 
  <(   )>   へ(   )
  │ │       ω  >

     < (警)>
    ヘ( ゜∀゜)ノ          ヘ(; ゜д゜)ノ
   ≡ ( ┐ノ          ≡ ( ┐ノ
  :。;  /            :。;  /

 __[警]
  (  )('A`)
  (  )Vノ)
   | | | |

「どういうことだってばよっ!」

「それは俺のセリフだ。 タバコ吸いに外に出たら全裸でお前が踊ってる最中だったんだぜ? 思わず咥えていたタバコ落としてしまったぞ」

 まさかおっさんが出てくるとは想定外だった。

「とりあえず服を着ろ」

「あは〜ん? “服を着てくださいお願いします”だろ?」

「フンっ!!」

 久しぶりに亀頭にデコピンされた。 しかもおっさんのデコピンだからめちゃくちゃ痛い。

 亀頭にアロエ軟膏を塗りつけつつ服を着ていると、その間におっさんがスカさんと話し込んでいた。

「まぁなんだ。 よかったな、色々と」

「えぇ、おかげさまでね」

 会話は終了した。 やっぱ野郎ってこういう時の会話が面白くないよな。 もっとボーイズトークしろよ。

「しかしひょっとこ。 お前は全部元通りだといったが……それは流石にねえだろ?」

 おっさんが言葉をかける背後から、一人の老人が歩いてきた。

「おーおー、憎い演出してくるじゃん。 ラルゴ翁。 わざわざ俺を捕まえにパーティーを切り上げてきたのかい?」

「その通りだよ、上矢君。 君はテロの首謀者として逮捕されるのだからね」

「あーはいはい。 んなことは分かってましたよーっと」

 為すがまま、俺はおっさんに手錠をはめられる。 これが噂のゴムゴム人間をも封じた手錠か……。

 手錠をはめられた俺は翁に顔を向ける。

「んで、懲役どれくらい?」

「ふむ……終身刑くらいだろうかな」

「マジすか。 流石の俺も驚き桃の木ウソッキーだぞ」

「つまんなかったから死刑な」

「ラルゴ翁、おっさんは局員として色々問題があるからクビにしたほうがいいと思う」

 こいつマジで危ないもん。

「けど残念だったなぁ。 ヴィヴィオの運動会とか見たかったし、なのはやフェイトと一緒にもっと過ごしたかった。 はやてにだって礼を返せてないし、ヴィータちゃんだって弄り足りない。 ──ま、しょうがないか。 俺はこの選択が間違っていたなんて微塵も思ってないしな」

 遠くのほうで、管理局の車を発見した。 どうやら、俺はアレに乗って連行されるらしい。 ま、俺には相応しい最後かもしれないな。

 一つ息を吐き、足を進めようとした直後

「上層部のほうで、会議があってな」

 ラルゴ翁が喋りはじめた。 うるせぇちくわぶつけんぞ。

「世界的テロの首謀者、その人物をどうするかの会議があったのだ」

「んで、終身刑が決まったんだろ」

「そう。 終身刑が決まったのだよ。 しかし、その終身刑は従来の終身刑とは少し違っていてね。 まぁ、それも無理はあるまい。 なんせその者は管理局に対してテロを行ったのだから。 いわば、管理局を掌握したもの。 そんな人物を拘束するとなると、私たちは多大な労力が必要になってくる。 そこで私達は考えた。 いかに効率よく、人件を削減し、君を拘束し続けるかを。 そして考えに考え、一つの結論に至ったのだよ」

 遠くのほうで、誰かが俺の名を呼んでいる気がした。 その声はいつもいつも毎日毎日聞き続けていた声で、その声は色をなくした世界から俺を救い出してくれたんだ。 その声はゆらぐ俺の心に道を示してくれたんだ。 その声は俺に自信をつけさせてくれたんだ。 その声は俺がどんなことをしても守りたい声だった。

「どうだね? 流石の君も、現役エースオブエースにエリート執務官、若くして部隊長になったエリートと、それが所有する固有戦力、次期エースたちに可愛い幼女相手では……打つ手はないだろう?」

 あぁ……まったくもってその通りだよ。 これは対俺専用の最終兵器だぜ。

「はっ、まいったねこりゃ。 お手上げだよ」

 おっさんが手錠を引き千切ってくれたので大人しく手を上にあげた直後、泣きじゃくりながらエースオブエースが突っ込んできた。 そして次に幼女が飛びついてきて、耐え切れなくなった俺は尻もちをつく。 そこにエリート執務官が乗っかり、部隊長、固有戦力がにやにやしながら倍プッシュしてくる。

「重い重い重いっ!? なんか腸がねじれてる。 とんでもない方向にねじれてる!?」

 さりとて俺の言葉を聞く者は誰もおらず、俺はただただ彼女たちの下敷きとなって小言を受ける羽目になった。

 いくら言われても今回ばかりしょうがない。 口を挟む権限すら俺にはない。 だけど、だけどこれだけは言わせてほしい。 皆の返答は分かっているけど、いまだけはちゃんと聞いておきたい。 自分の耳に残したい。 だから俺は肺の空気を入れ替えて、大音量で言ってやった。

「ただいま!!」

『おかえりー!!』

 ほら、言っただろ?

 そこからまたもや続く小言の数々。 俺はそれに自然と浮かぶ笑顔を携えながらずっと聞いていた。

 ふと、スカさんと目があった。

「月が綺麗だねぇ、ひょっとこ君」

 それに軽く笑いながら俺は言う。

「上に乗ってる太陽が眩しすぎて月がわからないや」

 そうだ、明日は遊園地に行こう。

 俺は明日の予定を決めながら立ち上がり、ヴィヴィオを抱っこする。

 それに不満の目でなのはとフェイトが睨み、はやてが後ろから抱きついてきた拍子に支えきれずにその場で転ぶ。

 視界いっぱいに広がったのは、青と白の縞々パンツ。 俺はこの縞パンの持ち主を知っている。 俺が子供の頃から好きな女の子。 守りたい女の子。 高町なのはだ。 いつもいつだって、俺の隣にいてくれた君。

 自然と口から言葉が出ていた。

「なのはーー! 大好きだー!」

「下着に顔突っ込みながら言うセリフかぁーー!」

 意地でも口から言葉を出さなければよかった。

 顔を真っ赤にしたなのはに怒られながら俺は思う。

 明日は今日より楽しい一日を過ごすとしよう。




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