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九話



 朝日が差し込んでくるのを認識した瞬間、僕は意識を覚醒させる。目を擦りながら今日の日程を頭の中で確認する。

「んっ……ふぁーあ。今日も今日とて学校かぁ。それにテストだし」

 二日間の日程で行われる実力テストも今日が最終日である。といっても、昨日一日で主要な五科目のうち四科目が終わったわけだから今日は実質一科目に適当なオマケとクラス委員決めや委員会の役割分担を決めるためのLHRをする。どうせ僕は役割がないまま終わると思うけど。

「ほらしゅり起きるよ。もう朝だよー」

 隣でいまだに夢の中を冒険中のしゅりをゆさぶる。しゅりはいまなお気持ちよさそうにおねんね中だ。

「……ここでしゅりを置いて下に行くと怒るんだよな」

 しょうがない、この方法しかないか。

 僕はしゅりの唇に自分の唇をそっと近づけ重ねる。直後、目をかっと見開くしゅり。かと思いきや、そのまま僕の頭を固定してきた。

 息が苦しくなりタップする僕に、しゅりは視線で『もうちょっと』と語りかけてくる。ごめんしゅり、もう限界だ。

「ぷはッ!はぁ……はぁ……」

「むー。あきらのいじわるー」

「ご、ごめんしゅり……。はぁ……はぁ……。でも、流石に息が持たなくて……」

 それに一瞬舌をもっていかれた気がする。しゅりの口腔内に僕の舌が侵入した気がしたんだけど……。

 しゅり、なんて恐ろしい女の子なんだ……。

「……とりあえず行こうか。母さんがまっているから」

「んー」

 両手を僕のほうに伸ばすしゅりに僕は抱っこで応える形となった。

 登校時間、昨日と同様に僕は佳奈と一緒に登校した。佳奈は口には出さないけども、僕が思い悩んで危ない行動にでないか心配してくれているのか、時たま僕の反応を疑うような視線を向ける。

 昨日と同じような周囲の反応を見ながら、僕は明るく振る舞っている佳奈としゅりだけを視界に入れることに集中して教室へと向かう。大丈夫、昨日ほどの動揺もないし感情も沸き上がってこない。これはきっと佳奈としゅりそして──

「お、おはようございますお二人とも……」

「「おはよう姫条さん」」

 そして姫条さんのおかげだと思う。あの時、姫条さんが周囲に反論してくれなかったら今日の結果も変わったものになっていただろう。もっと酷く、もっと醜い絵図が僕を待っていただろう。

 僕の学校生活は本当に女の子に助けてもらってばっかりだ。

 僕と佳奈はお互いに席につく。佳奈は鞄を置いた後僕の元に駆けよってきた。姫条さんも僕達に挨拶してくれた後その場に残ってくれている。ただ姫条さんは僕と佳奈を交互に見ながら、何やら目を伏せたり小言で呟いたりとなんだか忙しない動きをしている。

「あ、そういえば佳奈。今日はクラス委員とか決めるみたいだけど、佳奈は何かやりたいのとかある?」

「んー……とくにないね。別に何かやりたいとも思わないし」

「姫条さんは?」

「へっ!?わたしですか!?い、いえわたしはそういったことはとくに……」

 意外だなぁ。成績も優秀だし品行方正で可愛いからこういった役は自ずと回ってくるものだと思ったんだけど。

「まぁ姫条さんがクラス委員やるといつまで経ってもHRが終わらないかもしれないしね」

「あー……確かに。姫条さん優しいからなんでも聞いちゃいそうだもんね」

 苦笑しながら固まる姫条さんの姿が目に浮かぶ。

 それにしても──

「あの……姫条さん? さっきからなんで僕と佳奈を睨みつけてるのかな……?えっと……僕と佳奈の顔になにかついてるとか?」

 姫条さんみたいな美少女が僕と佳奈を睨みつけてきても凄く可愛いだけだけど、ここまでずっと睨まれてるとちょっと気になる。

 もしもこれが僕の見当違いな発言だったら謝ろうと思っていたんだけど、姫条さんのこの慌てっぷりを見る限り僕の発言はどうやらまずかったようだ。

「そ、そそそそそそそんな睨んでるとかそんなことないですよ!?ちょっとお二人の動向をみていたといいますか……」

「動向? 明くんと私の? なんでそんなこと──」

 佳奈は疑問符をあげたかと思うと、何かに気づいたのかはっとした表情をみせた。

「ちょ、ちょっと姫条さん!?もしかしてやっぱり疑って──」

「え? え? ちょっとまって僕だけ? この状況がわからないのは僕だけ?」

 何かを確信した佳奈と、顔を背け視線を合わせない姫条さん。佳奈は僕を指差しながら、

「べ、別に明くんとは何もないって言ったでしょ!私は明くんの保護者で──」

「わ、わたしだって明君のお世話したかったのに!」

「はぁっ!?」

「か、片桐さんはお世話とかいいながら明くんに『あーん』したりとか『おいしい?』とか言いながら手料理食べさせたり、『ちょっとだけだからね?』とかいいながら膝枕とかしちゃって!」

「いつしたの!?私がそんなこと明くんにいつしたのっ!?ないよ!そんなこと万が一にもないよ!?」

 佳奈、そんなに力いっぱい否定されると僕も傷つくんだけど。そりゃ僕は佳奈にフラれた立場の人間だし、フラれた時点でもう何も言う資格とかないんだけど──

「明くんはちょっと変態気味だし、勉強できなし、ちょっとズレてるし!アホだし!」

 それは言い過ぎだと思うんだ。

「ちょっと変態気味でも勉強できなくてもズレててもアホでもわたしも片桐さんと明君のような関係がよかったんですぅー!うわぁぁぁぁんっ!」

 姫条さんは叫びながら僕の席から教室の扉に一目散に走っていった。ドアから廊下へと飛び出す。たったったと廊下を駆ける足音が近くから遠くへと聞こえてきたかと思いきや、たったったと遠くから近くへと戻ってきた。扉からそっと顔だけ僕達に見せた姫条さんは、僕の顔をじーっと見つめながらその場にとどまっていた。

 佳奈が僕の肘を小突く。

「ほら明くん、姫条さん明くんがくるのをまってるよ」

「……これ姫条さんみたいな女の子だから許される行為だよね」

「というか姫条さんってもっと大人っぽい人かと思ってたけど、案外接してみると子どもっぽいね」

 異論なし。僕は扉の所でまっている姫条さんを迎えに行く形で席を立つ。なんというか……周囲から(といっても佳奈からだけど)の噂と大分掛け離れてるなぁ。

「姫条さん、迎えにきたよ」

 扉に隠れていた姫条さんの名前を呼びながら僕も廊下にでる。

「えへへ……ありがとうございます」

 姫条さんはそんな僕にはにかんだ笑顔を見せてくれた。

「……」

「ど、どうしたんですか明君?」

「え?あ、いや……なんでもない。なんでもないよ」

 なんだろう、この既視感は。姫条さんをこうやって迎えにいったのが今回が初めてじゃないみたいな感覚に陥る。

 間違いなく僕の記憶の中では今回が初めてだ。そもそも僕と姫条さんが出会ったのはつい最近であって別段親しい仲というわけでもない。少なくとも僕の記憶の中ではの話だが。

 じゃぁ姫条さんの記憶の中では今回が初めてなんだろうか?姫条さんと僕は小さい頃から面識があって、とても仲良くしていたそうだ。それじゃやっぱり──こんなこともしていたんじゃないだろうか?

 僕に向けて小首を傾げて疑問符を浮かべる姫条さんに、僕は言葉を飲み込んだ。

 いまさら村についての話なんて僕は質問する資格を持っていないのだから。

         ☆

 テストが終わり、委員会役員決めを行う前のつかの間の休み。わたしは気が付けば明君の姿を目で追っていた。現在明君は机に座る片桐さんと談笑中。嬉しそうに片桐さんと話す明君を見ているとちょっと心が痛みます。村にいた頃はわたしがあの場所にいたのに、気が付けば片桐さんにポジションを取られていました。

「はぁ……やっぱりちょっとだけショックです」

 明君が村のことを忘れていることが。もし明君が村のことを少しでも覚えていたらもっともっとお喋りすることができますし、もっともっと自然にあの二人の輪の中に入っていけますのに。

 ……それはそれとして、やっぱりあの子が気になりますね。明君の横でずっと一人遊びをしているしゅりちゃんが。

 明君の隣にいるしゅりちゃんはわたしと明君以外には見えない存在です。それもそうですよね、わたしから見てもしゅりちゃんは可愛らしい女の子なんですから皆に見えちゃったらとんでもない事態になること間違いなしですし。明君の娘、なーんて思われちゃったりして。あ、でもそしたらお嫁さんがいないとダメですよね。よーし、わたしが立候補しちゃいますー!……いやいやいやいやなにを考えているんですかわたしは!?

 と、とにかくです!しゅりちゃんは明君とわたし以外には見えない存在。つまり人間以外の存在なのです。そして昨日お婆ちゃんから聞いた内容と照らし合わせてみますと、しゅりちゃんがお婆ちゃんが言っていた子の可能性は高いんですよね……。ただ、ぽぽぽなんて言ってないみたいですし、そこの部分が引っかかります。そうなってきますとしゅりちゃんは神様から一気に明君を操る妖怪へとクラスを変えます。

 でも何故でしょう?

 ……彼女の立場次第で明君の人生も変わってくるというのに、いまのわたしはこの前ほどの敵意を彼女に向けることができないでいます。いったいなぜなんでしょうか?

「ねぇ姫条さん、あたし達の話し聞いてる?」

「へっ!?あ、ご、ごめんなさい!」

「もー、姫条さんひどーい」

 あははは……。そう愛想笑いを浮かべながらなんとか誤魔化します。どうしましょう、まったくこの人の話しを聞いていませんでした。

 わたしの席の目の前で立ち話をしていた女の子三人組はいつの間にかわたしに話題を振っていたようです。

「えっと……どういったおはなしだったのでしょうか?」

「んー?五郊君が何の役職に就くかって話だよー」

「あ、そうだ姫条さん!姫条さんはどの役職に就こうと考えてるの?」

「やっぱりクラス委員とか!?」

「いやいや保健委員とかかもよ!」

「やーんなにそれ!ちょっと姫条さんが保健委員とか男子も女子もすぐに体調悪くなるよー!」

「それでナース姿の姫条さんが看病してくれるとか!?」

「あはは……」

 なんというか……早口過ぎて半分以上聞き取れませんでした。

「えっと……わたしはとくに役職には就かないでおこうかと考えてまして……」

「えー勿体ないよ姫条さん!」

「そうだよ姫条さん!あ、でも姫条さんが立候補すると男子側がヒドイことになるから別に立候補しないのが一番いいのかもしれないね」

 去年もそうでしたが、委員会に入りますとどうしても帰宅時間が遅くなりますし……折角明君と同じクラスになれたんですからもっともっと同じ時間を共有したいですしね。

 ……同じ時間?

 ふとわたしの頭の中に恐ろしい考えが舞い降りてきた。

 いや、でもこれはちょっとダメだと思います。絶対にダメですよね、わかってます。こんなの不健全です。そんなのダメです──

 明君と一緒に保健委員になって保健室で過ごそうなんて不健全にもほどがありますよねっ!?

 いまのわたしはどんな顔をしているのでしょうか。きっと熟れたトマトのように真っ赤になっていることは確実ですよね。自身でもわかります、頬に触れる手がこんなにも熱いのですから。

「あれ、姫条さん顔が真っ赤だよ?」

「もしかして変な妄想しちゃったとか?」

「いやーん!可憐を体現したような姫条さんがそんなことするわけないじゃん!──で、姫条さんどんな妄想したの?」

 さ、流石女の子です……。目が怖すぎて逃げたくなってしまいます。

 もうなんといいますか……これは言わないとお手洗いすら行かせてもらえない雰囲気です。

 チラリと明君と片桐さんをみる。うっ……二人とも相変わらず楽しそうに談笑しています。いまは両者ともに席について、片桐さんが明君の机に肘を置いて談笑中。う、羨ましいです……。

 はぁ……なんか自分で悲しくなってしまいます。明君のことになるとどうも冷静にはなれません。

 ふとゾクリとする視線を感じたので三人組みの方に顔を動かしますと、先程とは比べ物にならないほどの形相でわたしのことを睨みつけていました。

「ッ!?」

 思わず息を飲む。それぐらいの怖さが彼女達からは感じられた。こんなにも……人はこんなにも敵意と悪意をもった表情を持つことができるんでしょうか……!

 身構えるわたしに、三人組の一人が口を開きます。

「姫条さん、そういえば昨日さ……あの二人と仲良くしてたよね?」

「は、はい……そうですけど」

「あれ、止めたほうがいいよ」

「……はい?」

 冷たく吐き捨てるように言われたそのセリフに、わたしは思わず聞き返すこととなった。

「えっと……それはどういうことでしょうか? 明君も片桐さんも同じクラスメイトですよ? 仲良くするのは──」

「だって、みるからにそういう空気でしょ?」

 今度こそわたしの思考はついていけなくなった。明君だから、片桐さんだから。そういう身内的なことを避けてもクラスメイトと仲良くすることに何の問題があるのでしょうか。

 そう反論しようとするわたしに、

「まぁこのクラスで過ごす上でのルールだよね、あれが。ほら、不思議に思わない姫条さん? あの二人の周囲にはまったく人がいないでしょう? まるであそこだけ別世界のような空間になってるじゃん」

 一人が明君と片桐さんに向かって指を差す。確かに言われてみれば明君と片桐さんの周囲には人がいませんけど、だからといってそれがルールで決められたものだなんて思いません。きっとこの三人は明君と片桐さんの仲を嫉妬してそんなことを言ってるだけです。

「あ、俺も昨日気になってたんだよね」

「そうそう姫条さん。いくら姫条さんが優しくて、周囲から天使だなんて言われてるからってさ、あの二人にまで仲良くすることなんてないんだよ?」

「もしかしてあの二人に頼まれてたんじゃないの? 昨日だって姫条さん庇ってたし、あれも頼まれたんでしょ? 姫条さんに出られたらわたし達だって攻めようがないし」

 そう思っているわたしの前で、わたしの机に集まってくるクラスメイトは、明君と姫条さんがいるのにもかかわらず二人の悪口を公然といいだした。

 まったく悪気など感じられない、悪びれもしない。それが当たり前なんだと、それが正しいことなんだとでもいうように。やがて誰かが大きな声でこういった。

「あーあ、消えてくれないかぁ」

 そこは淀んだ空気が支配していた。

 後ろを振り向く。片桐さんはこっちを見ない。

 後ろを振り向く。しゅりちゃんは無表情でこちらをずっと見続けて。

 後ろを振り向く。明君は寂しそうにわたしに笑いかけていた。

 まるで、自分のことなど気にしなくていいよ。そう言っているように。事実、明君の唇は少しだけ動いていた。

 体が勝手に動く

 席を立ち、両手で机を叩きつけ

 わたしは教室中に響く渡るほどの大声で叫んでいた。

「最低ですッ!寄って集って数の暴力で人を虐めて楽しいですかッ!見損ないましたッ!」

 気分が悪い!もうこんな場所にはいたくありません!

 わたしは放心しているクラスメイトには一瞥もくれず、そのまま教室から出て行きました。

 少し頭を冷やしてきます!

 自分のクラスからどんどんどんどん遠ざかる。いまはただ、あのクラスの輪の中に入っていく気分にはなれずにいた。明君がどんな人かも知らないで、片桐さんがどんな人かも知らないで、あまつさえ数にものをいわせてあんなひどい言動を公然と吐くクラスメイトに、それを注意することもなくそれに同意的なクラスメイト。きっとわたしが何で怒ったかのすら理解できていないんだと思います。

 本当に気分が悪いです。

 あの二人がいったい何をしたんですか?

 何の権限をもってあの二人をあんなに避難するんですか?

 考えれば考えるほど、ふつふつと怒りが込み上げてくる。そして脳裏に浮かんでくる明君のあの笑顔を思い出し、なんともやるせない想いを抱く。きっと……わたし一人があんなに怒ったところであのクラスの空気は変わらないんでしょうね……。

「でも、そうなってくると一つ疑問がわきます。いったい、誰があのお二人を陥れようとしているのでしょうか……」

 人を貶す、人を蹴落とす、人を陥れる。こういった行動の裏には必ず理由があるはずです。その中で特に多い理由といえば──

「その人を蹴落とすことで自分が得をするため」

 そう、普通に考えていけばこの理由に行き着くはずです。

「となると……一番怪しいのはクラスの中の人達ですよね」

「僕達のクラスの誰が怪しいって?」

「はぅわっ!?」

「あ、ごめんごめん。姫条さん大丈夫?」

「い、いえ……割と大丈夫じゃなかったです」

 び、びっくりしました……。心臓が飛び出るかと思いましたよ……。

 背後からいきなり声をかけられ驚くわたしに、驚かせた当の本人は笑顔でわたしに謝ってきました。

「えっと……五郊君ですよね。どうしたんですかこんなところで?」

「それはこっちのセリフだよ姫条さん。もう授業が始まるっていうのに、教室に帰ってこないもんだから僕が担任に頼まれて探しにきたのさ」

「あ、そうでしたか……申し訳ありませんでした」

 いくら怒っていたとはいえ、確かにまだ授業は残っていますし勝手にうろつくわけにはいかなかったですよね。五郊君に頭を下げるわたしに、五郊君は首を傾げながら聞いてきます。

「なんかいつもと雰囲気が違うね。どうしたの?」

「いえ、とくに変わらないと思いますよ?」

「いやそんなことないさ。いつもは桜のように可憐な姫条さんが、今日は棘をもつバラになってるよ」

「は、はぁ……」

 うっ……やはりわたしは五郊君が苦手みたいです。いえ、本当に本人には悪いと思っていますけどどうも合わないといいますか、ちょっと近寄られると困るといいますか……。

 それにわたし、明君以外にはさほど興味が……。

 苦笑しながらやり過ごそうとするわたしに、五郊君は一歩前に近づいて

「そういえば、さっき用事を済ませて教室に行ったらやっぱりあの二人がクラスで孤立していたよ」

 そう話しかけてきました。あの二人……なんて言われたら誰だろうとわかってしまいます。

 その二人が明君と片桐さんだということぐらい。

「……そうですか」

「あぁそれとさ、ちょっとクラスメイトから聞いたんだけど姫条さんあの二人のために怒ったんだってね?」

 意識しているわけじゃない。意識しているわけじゃないけども、自然と眉と眉の間に皺ができる。

 そんなわたしの態度を見て、五郊君は両手を左右に振りながら

「違う違う。僕は姫条さんをおちょくってるわけじゃないよ。姫条さんのこと尊敬してるんだよ。よくあの空気の中二人を庇えたなーって。ほんと……すごいよ」

 五郊君が微笑みかける。その笑顔は異性にはとても魅力的に映るだろう。五郊君がモテているという話はわたしだって知っているのだから。

 なのに、わたしにとって五郊君の笑顔は別段魅力的に映らなかった。いくら明君という心に決めた人がいるといっても、笑顔とは本来なら人の最高の表情なのだから自然とこちらも笑みが出てくるはずだし、+の感情が発生するはずなのに──

「はい、ありがとうございます!」

 何故か五郊君の笑みには薄ら寒いなにかを感じた。それでも笑顔を取り繕う。きっとわたしの勘違いとか気のせいな部類ですよね。きっとあれです。明君の愛がなんでもありません。いまのは忘れてください。

 丁度そのとき、授業を始めるチャイムが鳴った。いつまでもここにいるとクラスの人達にも迷惑がかかりますし、早く教室に戻るとしましょう──

「でもまぁ……皆があの二人から距離を取るのも僕は分かる気がするんだよね」

 その一言で教室に向かって進むはずだったわたしの足は止まった。五郊君に振り向く。

「……そうですか。えへへ、さっき五郊君がわたしのこと尊敬すると言っていたので五郊君はやっぱりクラスの皆がおかしいと思っている節なんだって勘違いしちゃってました」

 やっぱり五郊君もそっち側なんですね。それもそうですよね、わたしみたいに明君のことを思っている人じゃないとその空気を無視するのなんて不可能ですし……。

「そもそもさ、姫条さんはなんであの二人をそんなに庇うの?」

「えっ?」

 ふいの質問に思わず思考が止まる。

「だって、姫条さんとあの二人ってそんなに面識ないよね? 中学校も違うし」

「べ、べつにいいじゃありませんか。わたしはあぁいったことをする人が大嫌いなんです。第一、わたしが明君や片桐さんと同じ中学校だという考え方をなくすのはいかがなものかと──」

「そんなはずないよ」

「……はい?」

「中学校。姫条さんとあの二人が同じ中学校だということは絶対にないよ。だって、あの二人だけだもん。あの中学校からこの高校に来た人って」

「へ、へー。随分と詳しいんですね」

「あれ? やっぱり姫条さんも知らないの? ……やっぱり記憶操作って大事なんだなぁ」

 わたしが知らないとわかった途端、五郊君は何か考え込むような振りを見せた。かと思うと、

「あ、やっぱりなんでもないよ。ごめんね姫条さん。ほら教室に戻ろうか。もうだいぶ時間が経ってるみたいだしさ」

「あっ!」

 わたしが反応するよりも早く、五郊君はわたしの手を取り教室内へと入っていった。

「すいません遅れてしまいました」

「も、申し訳ありませんでした!こ、今度は鐘の合図にちゃんと従って──」

「おそい!鐘の合図が聞こえな──」

「すいません。姫条さんと一緒にクラス委員になってからの計画を立てている最中だったので」

「はい!?」

「だよね? 姫条さん? ……ここは大人しくしたほうがいいんじゃない?ほら、クラス委員なら二人を擁護する理由が出来るわけだし、こんなこというと幻滅されるかもしれないけど、クラス内ヒエラルキーを保てるよ?」

 わたしだけに聞こえる小声で五郊君はそう助言してくる。確かにわたしがクラス委員になったらあんな状況は絶対に作らせません。そういう点ではわたしがクラス委員をしたほうが安全かもしれません。

 視線を少し移動させて明君の顔を盗み見る。わたしを見つめる明君は泣き笑いのような表情を浮かべてわたしのことを見つめていました。

『気をつけろ』

 そう明君の口が動いた気がした。いま確かにそう動いた気がした。ふいに明君が肩を掴んでわたしに言ってくれた言葉を思い出す。

『五郊には気をつけろ』

 そう、そうだ!明君はわたしにそういってくれて──

「あ、あのやっぱりわたし!すいませ──」

「いいの? 楯梨君を守りたいなら、この方法がベストだと思うけどなぁ」

 ……そうです。明君を守るのなら、わたしがクラス委員になってこのクラスを見張るのが一番なんです。だから──

「はい!未熟で皆様に迷惑をかけるかと思いますが、一生懸命頑張っていきたいと思います!」

 その後の委員会決めはつつがなく進行した。司会はクラス委員になったわたしと五郊君が務め、基本的にモメることなく終了。丁度授業終了のチャイムと同時に全委員会決めが全て終了し、先生のHRで解散の流れへ。

 先生の挨拶が終わった後、わたしは明君の声が聞きたくて明君の席へと行こうと歩き出す。その瞬間、後ろから五郊君が声をかけてきました。

「姫条さん、さっそくだけど委員会の集まりがあるみたいだよ。ほんと嫌だね、クラス委員って」

「え、そ、そうなんですか……。あ、ちょっとだけ時間いいですか?」

「姫条さんのお願いだから僕も時間をあげたいんだけどね……。生徒会長が時間厳守の人だし、このままじゃ遅刻しちゃいそうなんだよね」

 チラリと壁時計をみる五郊君。つられてわたしも視線を壁時計に移すと、確かに生徒会長が提示している時間にはギリギリのラインです。

 ……ここでわたしのわがままを通すわけにはいきませんよね。わたしはクラスの代表なんですから。

「はい、わかりました。お待たせしてすいません。それじゃ一緒に行きましょう、五郊君」

「うん、行こうか」

 結局、朝以降明君と話す時間がなかったなぁ。




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